※塙先生の偉業をより深く知ってもらうために、もともとのマンガの原作にはないエピソードを、「宇宙物理学者」である釜江先生の視点でいくつか追加されています。「六国史(仁徳天皇の話)」や、「記憶力と統合的に理解する力の話」、「令義解(りょうのぎげ)」等。その部分が入ったおかげで、より一層興味がふくらむ仕掛けになっております。
(※追記2) 2022年4月7日㈭ 釜江常好先生の『触覚本 マンガ塙保己一』120冊が、本庄ライオンズクラブの木村幸良会長によって、塙保己一学園へ贈呈され、その様子が埼玉新聞(4月12日朝刊)に掲載されました。(詳細はこちらへ)
令和5年5月5日「ほきいち祭」(本庄市)で講演してくださった釜江常好先生
◆『触覚本 マンガ塙保己一』
釜江常好先生は、塙保己一先生の偉業を、視覚障害者の方たちにも伝えるために『触覚本 マンガ 塙保己一』を制作されました。
「触覚本」は、視覚障害のある方が「触って読める」ように作られている本です。
登場人物の声や状況説明を「文字」と「点字」で説明した部分と、「絵(写真)や図を立体化(凹凸化)させた部分」で構成されています。
さらに、“タッチパネル付き”パソコンやアンドロイドタブレットの上に「触覚本」を重ね、絵や文章に触れれば、その部分を説明する音声を聞くこともできます。(※触覚本の音声を試聴できるページはこちらです。)
釜江先生は、障害のある子どもたちも、それ以外の子どもたち共に議論しながら、支え合って、学習が進められる環境が育ってほしいと、「音声と触覚が統合された教材」の開発に取り組まれています。
◆釜江常好(かまえ つねよし)先生
~故栗原亨氏の意志を受けて、視覚障害者のための教材の研究開発に尽力され続ける~
先日、釜江常好(かまえ つねよし)先生から『触覚本 マンガ塙保己一』をいただきました。
今年は、塙保己一翁没後200周年記念の年ということで、視覚障害者の方のために制作された触覚本を、できるだけ多くの方に知ってもらいたいとのことでした。先生は、すべての都道府県の図書館に、『触覚本 マンガ塙保己一』を寄贈されました。
2018年に、教え子であり、ご友人でもあった栗原亨氏が事故で亡くなられてからは、栗原氏がよく話されていたという、『障害者には、この程度の教育で十分と考えないで』、『情報を、耳からだけで取るのは疲れる。触覚も活用すべきだ』というご意志を受け継ぎ、視覚障害者の方が学びを進められる教材開発に一層ご尽力されています。
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釜江先生は、東京大学及びスタンフォード大学名誉教授であり、ユニバーサル・アクセスJPの代表を務められています。
Android系、Chromebook、JupyterNotebookなどを活用した、アクセスビリティの高いICT環境開発や、視覚障害者のためのPCやスマホを利用しての触覚と音声が統合された教材の開発に取り組まれています。
(釜江常好先生のご著書)
◆【原作】の『マンガ 塙保己一』について
『マンガ 塙保己一~目で聞き、耳で読んだ』(原作:花井泰子 マンガ:しいやみつのり、ストーク社)は、江戸時代に活躍した盲目の学者「塙保己一(はなわ ほきいち)先生」の生涯を描いている本です。
塙保己一先生は、子どもの病気で盲目となり、苦労に苦労を重ねながらも、よき師匠や多くの人たちに助けられて、『群書類従(ぐんしょるいじゅう)』666冊の発刊や和学講談所の開設など、数々の功績を残されました。
漫画という媒体を通して、塙保己一先生の人生と、成し遂げられたことの大きさが、より実感を伴って理解することができます。
釜江先生は、ストーク社発行の『マンガ 塙保己一』の原作者である花井泰子氏とマンガ家、しいやみつのり氏にご承諾をいただき、触覚本としてこのご本を出版されたとのことです。
~『触覚本』の使い方~
◆【使い方①】スマホのアプリを使って『触覚本』の朗読を聞く方法
~触覚本の全ページの左上には、QRコードが付いています。
触覚本専用のQRコードリーダーアプリを使うことによって、朗読を聞くことができます。~
※QRコードを読み取るときは、一般的なQRコードリーダアプリではなく『触覚本リーダ』アプリを使って読み取る。
2.Google Play→『触覚本リーダ』をインストールする。
3.『触覚本リーダ』アプリをタップする。
4.『触覚本リーダ』アプリの表紙の右下にある「カメラアイコン」をタップしてカメラを開く。
5.『触覚本リーダ』アプリのカメラを使って、印刷本『触覚本 マンガ塙保己一』の各ページの左上にある「QRコード」を読み込む。
6.そのページの文章が朗読される。
【参照元】
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<注意>QRコードは、Androidアプリでのみ読み取りができます。
(iOSはOSを改良することが難しいため、釜江先生は、OSの技術情報が公開されているAndroidに着目し、『触覚本リーダ』のアプリを開発されました。詳細はこちらへ)
◆【使い方②】WEBからパソコン等を使って『触覚本』の朗読を聞く方法
~「触覚本」の音声が、WEBからも試聴できる~
下記のウェブサイトのページにおいて『触覚本 マンガ塙保己一』の音声を試聴できます。
マンガ描画の、ちょんまげ・杖・耳・等に触れると、その部分が何かを音声で教えてくれる仕組みになっています。
【誰でも学べる、触覚STEM教材】ページ
https://tactilestem2.herokuapp.com/
(※大きなフォルダーなので、少し時間がかかります。)
上記ページに入ると、下記の画面が表示されるので、「マンガ はなわほきいち」の文字を選択すると触覚本の各ページの音声が試聴できます。
◆【使い方③】タッチパネル付きのパソコンやタブレットの上に重ねて『触覚本』を使用する方法
~A4サイズ大の「タッチパネル付きパソコン」や「アンドロイドタブレット」の上に『触覚本』を重ね、絵や文章に触れることによって、その部分を説明する音声を聞く~
【使い方③】
1.「タッチパネルの付いたパソコン(A4サイズ大)」や、「アンドロイドタブレット(A4サイズ大)」等、タッチパネル付きの端末を用意する。
2.端末を使って、下記の【 誰でも学べる、触覚STEM教材】のウェブサイトに接続する。
https://tactilestem2.herokuapp.com/
(※大きなフォルダーなので、少し時間がかかります。)
3.『マンガ はなわほきいち』を選択する。
4.「タッチパネル付きのパソコン」や「アンドロイドタブレット」等、タッチパネル付きの端末の上に『触覚本』を重ねて、絵や文章に触れれば、その部分を説明する音声を聞くことができる。
(→触覚と音、点字を組み合わせるとはるかに情報が脳に入りやすく、理解が進みます。)
※釜江先生の開発された上記【触覚STEM教材】のサイトでは、「マンガ はなわほきいち」の他にも、「葛飾北斎の富岳三十六景」や、科学、工学、技術、数学等の分野を、学問の境界を越えて楽しく学べる、大学、大学院レベルの教材が紹介されています。
◆釜江先生の思い
■塙保己一先生の偉業を多くの視覚障害者の方たちにも知ってもらいたい
・「本当は、東京で、視覚障害者を含む多くの方々に、(塙保己一先生没後200周年記念事業に)出席いただき、没200年を祝いたかったです。
残念ながら、塙保己一の業績や生涯は、視覚障害者に、ほとんど知られていません。積極的に視覚障害者に働きかけ、保己一の仕事の意義を知ってもらいたいのです。」
・「米国の大学と長く関わった中で、視覚障害者が、社会で、幅広く活躍している見てきました。私が学位を得た、プリンストン大学でも、同じ頃に、全盲の学生が生物学を学んでいました。彼は、カリフォルニア大学の教授になり活躍しました。…ニュートンの同期でニュートンの最もよき理解者であるケンブリッジ大学の先生も全盲でした。」
(※下記動画の中で釜江先生は、プリンストン大学のこの全盲の学生について、彼は貝の分類学を専門にしていたのですが、ある時、「私にはわかるのに、どうして目の見える君たちにはこの違いがわからないの?」とその学生が話していたエピソードを紹介してくださいました。
このお話から、塙保己一先生の「目あきというものは、不自由なものだ」という逸話を思い出しました。
(和学講談所で『源氏物語』の講義をしているときに、風が吹いて、ろうそくの火が消えたことがありました。塙先生はそれとは知らず講義を続けていましたが、弟子たちがあわてたところ、塙先生が「目あきというのは不自由なものじゃ」と笑いながらつぶやいたという逸話です。)
目が見えないというハンディキャップを背負いながら、不屈の努力で自らの道を切り開いてこられたこの方のもつ意識のすごみに感動しました。
・「何とか、若い視覚障害者に、お送りした本(触覚本 マンガ塙保己一)を、届けたいのです。視覚障害者が読み聞きできる保己一に関する本は、他にありません。
塙保己一を生んだ本庄市から、全国の特別支援学校に、この本を寄贈してほしいいのです。ぜひ朗読を聞き、手で触り、点字と輪郭を読んでほしいのです。」
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■日本でも、晴眼者、視覚障害者、その他の障害をお持ちの方が共に議論しながら、支え合って、学習が進められる環境が育ってほしい
海外での教育経験も豊富な釜江先生は、日本では、欧米とは異なり、「インクルーシブ教育」(注1)が進んでいないことに違和感を覚えたと述べておられます。
・「晴眼者(視覚に障害のない人)、全盲の人、ディスレクシア(難読症)の人、発達障害の人、その人たちが同じ本を読んで、議論し合って、助け合って勉強していく、それの第一歩として作ったのが、『触覚本 マンガ塙保己一』です。」
※(注1)インクルーシブ教育とは、「障害のある子どもたちと、それ以外の子どもたちとを隔てて教育する」という概念を覆す教育方法。障害のある子どもも、ない子どもも、共に教育を受けることで、「共生社会」の実現を目指している。
・「私達は、障害者と晴眼者が、同じ教材が使い、共に、助け合いながら学ぶ環境を生み出したいのです。
すなわち、生徒や学生が、教える側に立つことで、利用する内容や、利用する情報技術を、より深く理解するようになります。支援を受ける側も、仲間から教われば、気軽に質問ができるでしょう。晴眼者用の教材を読んでもらうだけでは、なかなか理解が進みません。新しい形の本を使うことで、現状が変わることを期待しているのです。
新しい形の本の、最初の例として、触覚、聴覚、視覚で読める、『触覚本 マンガ塙保己一』を出版しました。」
・「音読付の触覚本では、大きな文字に点字が重なっている上、グラフや描画線が触覚や音声で読めるようになっています。大学や大学院レベルの知見を、簡単に得ることができる時代に入りつつあるのです。」
【参照元】
■アメディア・オンエアー「マンガ 塙保己をご紹介」(2021年2月15日放送)
■毎日新聞「点字毎日 塙保己一の紹介漫画 音声付き触察本で」(2020年11月15日掲載)
◆今後の教材開発について
~音声付の『サイエンス触覚教材』を開発~
今後、釜江先生は、『サイエンス分野』においても、『触覚本 マンガ塙保己一』のような、”音声と触覚が統合された教材”の開発に取り組んでいかれたいとのことです。文章、写真、数学、物理学、生体、細胞の構造、最先端の科学などを楽しく学べる『サイエンス触覚教材』です。
近年認知科学で言われているのが、耳で聞くと同時に触覚を使うと、はるかに情報が脳に入りやすいということです。
認知科学的にも有効なこのような教材は、教育のあらゆる場(障害のある方もない方も)において活用できる、とても可能性に満ちた素材だと感じました。
【参照元】
■ユニバーサル・アクセスJP「音声付き、サイエンス触覚教材」
◆(参考)「東京大学理学系研究科を定年退官するにあたって」
~東京大学大学院理学系研究科・理学部『廣報』(31巻4号・2000年3月発行)より~
※1969年1月、東京大学 理学部の広報誌は「理学部弘報」の名で創刊。その後、「理学部広報」「廣報」と名を変え、2002年9月号から、現在の名称である「理学部ニュース」として隔月に発刊されています。
「釜江先生のご退官にあたって」
(相原 博昭(あいはら ひろあき)氏から送られた言葉)
※相原氏は、釜江先生の教え子であり、2014年から東京大学副学長を務められています。
◆(参考)釜江常好先生と望月優氏とのご対談
※日米両国の大学で釜江先生がこれまでに経験されてこられたことや、視覚障害を持たれる方々への教育に関する思い、『触覚本 マンガ 塙保己一』を制作するに至った経緯などについて、ご自身がお話になっています。釜江先生の思いがとても伝わってきました。
■インターネット番組「アメディア・オンエアー」のYouTube動画:https://youtu.be/1ZOMuMMcuN0
(2021年2月15日放送分・『マンガ塙保己一をご紹介』:釜江先生と株式会社アメディア 望月優氏とのご対談。)
※お2人のお話の中では、釜江先生が慶應大学の村井純教授と一緒に日本での「草創期のインターネット」を根付かせたお話等も出てきて、とても興味深かったです。
出典:一般社団法人日本ネットワークインフォメーションセンター「インターネット 歴史の一幕: インターネット黎明期の名脇役 釜江常好先生」より
(2021年10月4日追記)
釜江先生と村井純氏のインターネット草創期について調べたら、上記のように釜江先生が村井純氏と並ぶほどの重要な役割を果たされていることがわかり驚きました。加えて、高エネルギー加速器研究機構の発足に際しても、目覚ましい貢献があったということを知りました。物理学における最重要分野である素粒子研究のための施設の立ち上げ、草創期のインターネットにおける立ち上げ等、一番重要な時期である「最初期の基本設計」に対する「卓越した発想と実現力」を持つ稀有な人物が釜江先生だと実感しました。視覚障害者に対する教材開発等に関しても、きっと釜江先生の方針に則って行えば素晴らしい方向に向かうものだと思います。塙保己一先生のような天才もきっとその先に生まれるのではないのでしょうか。